キイ、キイと歯車の音を引き連れて現れた男の風体に、少女は割れ鏡を覗き込んだような悪寒に襲われた。外から内へ、澱を引き込んで表皮を突く左腕には無数の挿し痕が痣のかたちで色濃く浮かび、無気力を溶かして引きずる点滴の中身は完全に濁りきった汚泥だ。「隣の病室‥‥だね」自らの指ごと纏めて錠剤を噛み締め、阿見は笑った。(阿見+研究所猫市)
骨張った指が、水月を避けて腹部を押していく。「・・・また、吐いただろう」覚束無い触診は、それだけで愛撫のように弟の心を擽るのだそうだ。「ンっ・・ふ、ちょっと・・・ね」荒れた胃の側に触れられ、薄く眉間に皺を寄せる。憶えず呼んだ名前をはる崎は拒否し――アミ、と女のような仮名を返した。シーツの上すら離れられない躯で、この男はまた私の知らない場所へ消える。(阿見弟+阿見兄)
牙を立てる指のしなみは、飴の雲母を重ねたように白くきっぱりと冷たかった。齧り取る事を惜しむように、何度も濡れて熱を乗せる。「いつまで、するの」少女の眼は雷鳴を聞いている。雨音が、この身に、絡み来る。星降りの子は尚もあかるいまま、纏う陰へ向かって空の澱はゆっくりと流れ出した。埋もれる光の先が削れて、やめてくれ、曖昧な世界から死んでいく。
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きりきり、と囁くような音が漏れ聞こえる。硝子の器を伏せただけの世界で、星の欠片が窮屈そうに閃いていた。あかりの無い木枠は、額縁のように僅かな光を閉じ込めようと腕を伸ばす。怯えたような明滅の切望は冷たく透過され、伏せられた顔が、痙攣じみて震える肩が時折映る。空へ帰れない星々の不運を、彼女は嗤っていたのだった。
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さかさか、と濃紺に灯りが落ちる。日暮れの窓から、夜が慌てて降ってきた。「動かない絵描きって、あなたの事?」「‥‥‥‥描けないものですから」 謎掛けのように呟いたその女は、高い背の椅子へ膝を抱えて蹲る。暗い部屋に散らばった画用紙が、光りを弾いてゆっくりとその気配を照らしていった。次々に放り投げられる金の粒子は、中空で星へ向かって落ちていった。(嗤殺益永+星の子)
這い寄る感覚を押し込めるのは、自身が纏う黒色のそれだった。痛みから漏れ出してまた蟠る。髪を掴んで引き倒し、喉元から睥睨するその圧力に、僅か数刻前の視界がフォーカスする。別れたばかりの、己の部下が、この黒に刻まれた疼きを同じ熱を持ってこじ開けていったら。骨の軋みが鼓動となって、甘く単純な白昼夢を縁取るように飾った。(猫+シグ(+モブ))
「冬枯れ、と名がついています」「花なんて入ってないよ?」「次の世代へ命を繋ぐ事を惜しんだ風と水の名残が、こんな小さな瓶へ逃げ込んだんですよ。ふふ、笑えるじゃありませんか。皆、自分の中の時間へ留まりたがる」 気まぐれな鳥が、皮肉混じりに囁く。カップの触れる音に混じり、卓の下で白と赤を繋いだ鎖がちゃらちゃらと鳴った。(嗤殺益永+赤目 白猫堂ネタ)
「自分が散々、いや粉々になっていくなんて、ショッキングでしょ。私は優しいから」ギッギッ、と軋んで聴こえるのは神経質な笑いか、骨を挫る刃の唸りか。暗い部屋、机の上の荷。グラスに押し込められる、否定意志。「頭真っ白ーってね」水音を跳ねて沈む球体が吐き出す嘆きは既に白濁して、煩いほどの動悸にかき消えた。(嗤殺益永+鏡藍 目玉ネタ)
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