思案するように、俯いたまま指先を眉間に当てる。それだけの動作でフロア全ての空気が一変した。「おや、魔法が溶けてしまいました。急拵えだけあって存外埃っぽいんですね、このお城は」放たれるのは零下の怒り。その焔に対峙する男は、初めて困惑の表情を浮かべた。「『提供』有難う。それはもう大事に使わせていただきます」
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「‥‥‥下らない手品だ。さしずめ一瞬の内に空調を破壊でもしたと?」「んな無粋な真似しませんよ。ロマンが無いですな」尚も追撃の手を緩めない敵に立ち向かう気があるのかどうか、ただ少女はその能力を行使し続けた。「世の中には、"こういう奴"も居るんです。僕ぁ滅法に無欲なんで、もうずうっと使わず仕舞いでしたが」
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背後は壁、僅かな武器も度重なる襲撃の末に破壊され、決死の思いで救助した人質は今だ腕の中で眠り続けている。消耗しているとは言え、相手は一人も削られないまま確実に逃げ道を塞いでいた。「‥‥ ‥‥‥‥‥」と、黙りこくっていた連れが何かを呟いている。言い聞かせるように、確かめるように、その眼は不気味な程に輝いていた。
漏れ聞こえるのは怨嗟の呻きでも後悔の声でもない。それは。「おい、増長‥‥大丈夫‥‥‥じゃないよな」「大丈夫にします。所で猫さん」先程から口にしているのは至って暢気な鼻歌だった。吊り上げられた賭け値を愛惜しむ程の双眸。この状態で起こりうる心境を、理解出来ない。
「おお‥‥何だ」「香水って、オイルかアルコール、どちらかは少なからず含まれますよね」「あ?」初めてこちらを向いた表情は期待とある種の確信が見える。猫は、肯定を返した。油断なくこちらを伺う彼らに、場違いに漏れ出す笑いを最早隠しもせず、増長は‥‥‥素行に関する断りを口にしてから、たった一本のライターを提示した。
「ヒーローは三分で世界を救います。まあたまにやられたりしますけどね。たまーに」スイッチを押し、手早くテープを巻き付けて炎が出たまま維持させる。「はい投げて」「はぁ!?」「もたくそしてるとガスが切れるんですよ。こういうの得意でしょう、投げてください」「だってお前‥‥‥ッ、こうか!」手渡されたそれが、宙を舞った。
「さて三分で、小生なら」 警戒が走るが、それ自体はあまりに小さく無力な小道具だ。その事実を無言のうちに理解した黒猫と、その意味を一拍遅れて知らされた芋虫が同時に動いた。「『吹っ飛べ』」パキン、と指を打ち鳴らす。スタンドが解除された。否、球状に存在を遮蔽されていた超微粒子のアルコールが‥‥‥一斉に、燃えた。 (増長+猫+冥流 アリス舎×キャラ化学IF夜臼さん奪還ネタ)
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