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「・・・・・ブンゲローゼという言葉を、知っているか」

ふいの言葉に、不機嫌な様子の少女は初めてそちらを伺い見た。言葉尻を引き取って、代わりに説明を加える者が
もう一人。鞄に詰められた書類の中から取り出されたのは布の装丁がされた厚い本。埃でも立ちそうなそれを開く。

「えっと、『舞楽禁制通り』の事ですよね。グリム童話にハーメルンの笛吹き男という物語があって、その伝承の残る
 地域では笛吹き男が通ったとされる実際の道にこの法令を敷いて楽器の演奏や演舞なんかを禁止しているそうです」
「そうだ。単なる観光名所が目的でないことは実際の歴史から見れば解る」
「何それ、お伽噺じゃないの?」
話に置いて行かれそうになり、黙り込んでいた少女が口を挟むが男はそれ以上続けず逆に話を促した。
「いや、お前の話が先だ。不要な情報は特定の回り道になる」
むぅ、とまたも不機嫌になるのをよそに学生服の少女は早くも本を手帳に持ち替えている。
「言っておくけど、これは間違いなく都市伝説よ。大体、私は絶対何か来るって解ってたんだから・・・」

***
部活動で賑わう校庭に面した街路樹の並木。斜陽に色づく空はいつもと代わらない夕方の情景だった。
各自目に付く噂話でもかき集めてこいと投げやりに会長命令が下ったところで活動は終わり、いつもより早く彼女は
岐路へとつく。やけに生徒達の声や走る音、それに何かもっとごちゃごちゃした物音が耳に付くような気もしたが、
特に珍しいことではない。この時も、体育館か何かで試合でもやっているのだろうと、そう思っていた。
引きつるような悪寒は占いという特技から得た賜物だろう。油断していたとはいえ、研ぎ澄まされた感性は明らかな
異変を感知していた。咄嗟の判断で庇うように腕を構え、逃げ道を探して振り向い—――

「・・・・・やだぁ!何よこれ!」

異様な光景だった。丁度植物園などにある交差状の生け垣のように、不規則にしかし放射状に作られたのは自分の
二倍はあろうかという高さの壁。その内径が整っていることから見ても自分を狙われたのは明らかであり、悪意を伴った
作為がある。向き直っても前方にはやはり同じ壁の乱立ばかりで、これを伝って歩けない訳でもないが行き着いた先
がこの世でなかったらという可能性も否定できない。都市伝説が人畜無害なものであることの方が少ないのだ。
確実に外界と繋がっているのは上。光と酸素が入ってくるだけでも有り難いと空を仰いで、今度こそ少女の瞳は凍り付いた。
何か居る。

「オーマガドキって知ってるか。人間がイレギュラーな時間帯なんだぜ・・・・・じゃあなっ」

楽しそうな声と共に、逆光によって作り出された影は自分の真上を飛び越える。突き出された片手は空を撫でて・・・・・
いや、その側から沸き立つように新たな壁が築き上げられていく。蒼穹をなぞる手は唯一の境界をも閉じ、背後の壁に消えた。
顔どころか姿形もよく見えないまま青年らしき何者かは去り、後には忌々しげにその軌跡を見据える少女だけが取り残された。
程なくして通行人が何の苦もなくその壁をすり抜けて現れ、漸く彼女は錯視らしき現象から解放されたのである。
***

「・・・・これがハーメルンと同じだって言いたいの?」
「一概には言い切れないがな。千恵、その話の後ろ半分だけしてくれ」
「はいっ、えーと、『・・・大人達がミサへ行っている間に笛吹き男は笛の音色で子供達を集め、遠い山奥まで連れ出すと
 そのまま洞窟の中へ消えてしまいました。そして二度と戻ってこなかったといいます・・・』あの、こんなので良いんですか?」
「ああ、十分だ。本題へ入るが、この物語を現実的に考えていくと見るべきは男が連れ去った目的。そしてその方法。
 諸説あるが、実際に記録されているのは1284年、聖ヨハネとパウロの記念日・・・具体的には6月の26日。この日に130人の
 子供が連れ出され、処刑の丘で居なくなったという文献がある。これに沿った説なら夏至祭りの夜に子供達だけで出かけた
 まま全員事故死したというのが有力だが祭りの会場・・・正式には祀る場所は山、つまりさっきの話に出てきた所になるんだ
 が記録の中では丘と書かれている。となると次に考えられるのはペスト説。これなら鼠取りのくだりも辻褄合うだろ?
 無事な子供達を避難させたという見方もあるがこれは処刑の丘とわざわざ記述されてるのが引っ掛かる。他にも舞踏病の
 患者達を始末しただとか、逆に健康な子供達を攫った行商人が売り飛ばしたとか・・・・・気分悪いか?もう少しまともな説なら
 狂信的な医師が催眠術だの洗脳教育だのをつかって子供達を操ったというのがあるが、これは後世からの後付けだろう。
 ただ人間の認識なんてのは曖昧だから案外騙されやすいってのは言えるな。タロットの愚者や悪魔、死に神がこの笛吹き男
 に似ているという記述も見られる。視覚的な暗示なら、子供相手には通用するかも知れないが安直な憶測に過ぎない。あとは
 十字軍を集めるためだの国を見捨てて移民となったのを表しているだの・・・そもそもハーメルンってのは都市の名前で、そこに
 寄り集まっていた多国籍の民衆達が再び移動していったなんて風にも見られるそうだ。処刑の丘って名称は場所としてどれか
 を指している訳ではないから、そのまま国境と見ても差し支えないらしいからな」
「私、どれにも当てはまらないわよ」
「言ったろ、断定は出来ないって。この物語で言えば笛みたいな、決定的な要因は何か無いのか」
「ヘンな感じはしたんだけど、これっていうのは・・・・強いて言うなら、壁が完全に出てくる瞬間すこし触った筈なのよ。
 ぶつかるって思って。その時、指先がすり抜けたような気がして・・・・慌てて引っ込めて、次触ったときはもうそこにあった」
「五感を一つずつ攻めてくって訳か?出現の状況は」
「わかんないのー。もしそうだとして、最初の条件でも解らないかなぁ」
「当の経験者が思い当たらないんじゃな。まあいい、似たような症例が無いか、漁ってくる」
「全っ然信じてないじゃない!!」

何も見ずにスラスラと一連の解説を終えた男は気が済んだのか出ていく。資料集めという名目で、彼女も付いていくだろう。
新たにデータを探すよりは手に馴染んだものから突き詰めていく方が向いているのか、残された少女は浅く息を吐いて
薄目の雑誌を手に椅子を引く。題書きは、脳科学と神経のメカニズム。その下には刷り込みと本能行動、とあった。



●●●
盛大に音を立てて扉が開かれる。上気した頬に乱れた三つ編み、息が上がっているのも惜しいとばかりに駆け込んできた
少女は開かれたページと数枚の印刷物、細かく書き込まれたノートを突きつける。
「・・・・あり、ましたっ。多分これ、役に立つと思います・・っげほっ、けほ」
「ぬるいけどこれ飲め。・・・・全部調べてきたのか、どれ」
キャップの上に紙コップが被さったままのペットボトルを押しやり、一つ一つ吟味していく。その様子を見て安心したのか、
大きなため息と共に机に突っ伏す。何とか無事だった前髪もくしゃくしゃになるが気にしていないようで、人心地ついた顔
を上げて、・・・思い出したように部屋を見回した。
「あれ、鏡美さんは?」

●●
「・・・っで、そいつの使うのは催眠術に近い何かって訳っ、か」
「はいっ、視覚的に認知できる状態で触れない瞬間があったんだとしたら、この現象は段階を追って進むものなんじゃないか
 って。それにっ、見て相手の意識を左右できるなら・・・・いくらでもっ、方法はあるじゃないですか、目立たないより、目立つ
 方がそういう・・・都市伝説にとっては、都合がいいはずですしっ」
「最初に・・・何かをつかって、っ・・・思いこませるって事だな・・・・・・また引っ掛かるって事は、ありそうか」
「多分・・・・・・これは、どうやっても防ぎようが、無いんだと思います。鏡美さんは気付かなかったと言っていたけど、それだけ
 簡単に頭の中に入ってくるってっ、あと、信じやすいってこと・・・・やっぱりあるとしたら、音が一番可能性としては高いんです」
「となると・・・・・聞いたらその時点で罠に嵌ったようなものか・・・・・っ、厄介だな、思い当たる奴はあるか」
「すいません、直接手がかりになるのは・・・・・可能性としてはっ、あのノートの通りですけど、」
「気にするな、それだけ解れば大分違う・・・・・っ、少し急ごう。走りながらだと・・消耗する・・・・・それで、今の話は行幸にしたのか」
申し訳なさそうに頷く少女を横目に二人の足は速まる。既にかなり疲弊した様子の男は、それでも何事かと考え込んでいた。
催眠術・・・今や怪しい手品や単なるまやかしではなく科学的にも論じることのできる療法の一種である。乱暴に言ってしまえば
単純な動作や外部から受ける刺激の遮断により余計な意識を排除し、代わりに別の指示をその開いた範囲に満たしたり
同じように既存意識を取りのけた上でその下に眠る潜在意識や本能的衝動を引きずり出すための手法であるが、この場合
着目すべきは認識を刷り込まれるにあたって必要な手段、触覚にまで作用し実際に触れても貫通どころか指を沈めること
すらできなかったにも関わらず他の人間には一分も見えもしなかったという事実、そして本体とおぼしき青年が現れてから
消えるまでの動作の意味。回避できない最初の一撃は、同じ方法で太刀打ちするしかない。理性より下に刻まれた、感覚で。
防衛手段として自分が考え得る予想は全て通達しておいた。だが、単身で当たるとすればまだ圧倒的に準備が足りない。
今までの経験と僅かな望みに期待をかけ、一秒でも早くと地図に刻まれたルートを当たってゆく。
「(・・・・・・・・・あの仮説が当たっていれば、あるいは)」
少女はそっと、鞄の留め金を外した。


深呼吸を繰り返す。想定できる回避方法は、昨日二人で相談しておいた。
音を遮断することよりとにかく離れた方が早い。その場所にいなかったとはいえ、自分以外誰も閉じこめられた人間が
居なかったことを考えてもある程度の範囲は区切られている、もしくは一定以上の人数は囲い込むことが出来ない。
一人一人を隔離して感覚を遮断しなければ共有された意思によって破られる可能性が高いからである。
対峙するのは先日の道より更に広く、それでいて人通りのない場所。裏手へ走れば商店街にも広場にも出ることが
出来るが、これは注意深く選ばなければいけない。あの仮説が、もしも合っていればの話だが。
そして、ポケットには現実世界では最も頼りない切り札。それでいて、常識も理念も通用しない先に唯一頼れる拠り所。
・・・・・・・空気が、冷たく圧縮されていく。


スカートの裾がめくれるのも構わず、出来るだけ物陰を遠ざけて少女は走っていた。せめて、せめて攪乱だけでも。
既に商店街は捨てていた。万が一あの能力が通用して、誰かを巻き込むことは避けたい。出来るだけ目に付く場所、
しかも安全で相手にとって不利な場所・・・・・思案するまもなく、声だけはぴったりと背後に付きまとう。
本体は、遥か遠くからコマ送りのように壁から壁へと移っていた。あざ笑うかのように、目にとまっている間は余裕にも
体をもたせかけたり、大げさに寄りかかってみせるだけで動くようなことはしない。どう考えても、遊ばれている。
そして、気が変わればいつでも、またあの力が・・・・・・
「楽しいねぇ!!もうタネが割れちゃったなんて、残念だけどッ」
「楽しかないわよ・・・・・何が、目的なのっ」
「聞いちゃって、いいのかなぁ?」

迂闊だった。都市伝説ならば目的を知ることは存在を認知するに等しい。それでも必死に意識を反らしたかった。
声が聞こえるたびに嫌でも体が震える。最もありそうな可能性として、彼が操るのは音なのだ。
出来るだけ、この足音で聞こえなくなればいいと進路を変更して大きな下り坂を突っ切る。
危険な掛けだが、正面は広場だった。
「元気な子は嫌いじゃないけど、甘いな!顔面に気をつけなよ。ゲームオーバー・・・」



「・・・・・・・ちょっと待ったぁーーーーーーーッ!!!」

ビシリ、と硬質の音を立てて、振り上げた腕も踏み込まれた脚も何かに絡め取られる。
驚愕の表情で、音の主であるフードを目深に被った青年がその場に崩れ折れた。
「ナイス千恵ちゃん!やっぱり、都市伝説だったのね!」
続けて先ほどまで走っていた少女が振り向き何かを振るう。鉤のように絡みついて、こんどこそ怪異の正体は
完全に捕縛された。逆光の中、同じように息を荒げて立つその手には一枚の紙片。
「これ、忘れ物ですよ・・・・タロットの塔は16番目、正位置は崩壊で逆位置は不意のアクシデント・・・・・・唯一どちらも
 マイナスの意味な札だけど、災厄にアクシデントを掛けたら・・・・チャンスに繋がる。ですね?」
「ッ・・・・・何だこれ、全然取れねぇ。こんな物・・・・・・・・」
身じろぎの意味もなく、座り込んだ青年が焦りの表情を浮かべる。カードを返して、後から駆けつけた少女は既に
用をなさず落ちたままの数珠を拾い上げ、改めてもう一本ロザリオを取り出した。
「こちらが効かなかったと言うことは、外国の方ですね。また、見たところによるとかなり新しく出てこられた方であるかと。
 調べても出てこなかったので・・・・・だから、本当にただの直感です。人間に作用する能力を持つなら、人間と同じところが
 どこかに残って居るんじゃないかって。人間の時に強く持っていた意識は、自分の認識のもっと奥まで繋がってるんです」
「そっちが無意識ならこっちは有意識よ。といってもこれでとっ捕まってくれて本当に良かったわ。あと、これも」
キリキリと細かく高い音を立てるのは細い鎖に繋がった錘状の石。深い紫色のそれは、垂れ下がることなく震えている。
「ペンデュラムっていってね・・・・うちで有名なのはダウジングロッドだけど、これも十分役立つの。捜し物なんかに、
 まあ会長曰くこれも意識を排除した自己催眠の一種らしいんだけど、イエスかノーで占うことが出来る。あと、実際に
 出来たことはまだ無いんだけど、純度の高い宝石なんかを取り付けて使うと自然に近い精霊や妖精を降ろすこともできる
 らしくて・・・まあこれだけ強く反応しているのを見れば十分信じて良さそうね。あなた、都市伝説・・・・・しかも、幽霊でしょ」
「あーあ、やられたよ・・・・・お嬢ちゃん達、何者?」


「オカルト研究会だ。協力願いたい」

坂の更に上に、橙が掛かった陽を受けて長身のシルエットが浮かび上がる。
どっかのヒーローじゃないんだから、と眉を寄せるのも構わず腕組みをした男がゆっくりと近づいてくる。
「まさか・・・・・・・生け捕り出来るとはな。何、話だけで良い。付き合ってもらおうか」
諸々の事情で遅れてきた男・・・オカルト研究会会長山群健吾、その人が、青年の前に現れた。
その側に寄りそうセーラー服とロリータ服の少女。鞄やポシェットのなかからは、明らかに自分の苦手とする気配を感じる。
静かに、しかし有無を言わせない圧力を持って差し出された手を前に、とんでもない奴らを相手にしてしまったのではないかと
漸く実感した彼の表情が、初めて困惑と絶望に歪んだ。
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