ゾブリ、としないはずの咀嚼音を滲ませて、コートを払い落とされた生身の肩へ黒い塊が喰らいつく。何かを飲み込んでバネ仕掛けのように跳ね戻った先は、その化け物よりも陰欝な視線を宿した男だった。獲物を『得た』様子の男の背後に、白い影がひっそりと張り付いていることに双方は気付いているだろうか。
いいなあいいなあいらないこれ以上煩くなるのは御免だほしいほしいきっとおいしい。高く低く、ぐわんと哭くような呻きが二重になった瞬間、衝撃のままに崩れ落ちた少女の体から弾けるような霧の奔流が生まれた。流れ落ちる先は男の痩せた腕の中か、闇を背負った瞳の奥か。倒れ伏す少女が片手を着いた。
「な・・・・」殆ど息を吐くような言葉は最早相手に届かない。「な ん、」両の腕で体を支えてはいるが、顔を上げる気力すら失っている。「な ん ちゃっ て♪」 ・・・・・まるで異質に漏れる呟きが、何故かとうに背を向けた伊啓のすぐ傍で聞こえた気がした。じわり、じわりと霧が漏れ出していく。
「ピエロが居て良かった事など何もない。負の感情ばかり押し付けられる、ですか」さながら致命傷を受け血を流すかの如く、濃霧に包まれ膝をつき激しく喘ぐ男を先程とは逆に増長は見下ろした。大仰な動作で体を引けば、霧の束は巻き戻しのように未熟な持ち主へ返る。足元で、慣れていない異物を引きはがされた苦しみの呻きが上がった。
「おいしいものは独り占めするし、嫌いなものは押し付けますよ。幼い子供にはよくあることです」見開かれた金の瞳は少女と、その意識に淀む悪意を見たのだ。「で、そんなに楽しそうに見えたんすか。吹き出しさんと居る小生は」きらきらと光を反射して、膨大な"見えざる凶器"は伊啓へ向かって流れ出した。 (増長+伊啓)
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