1:『大学地下の薄暗い廊下。見学だろうか、制服の少女が見える。そしてその手前には大きなモップを手に立つ陰気な女。角度を間違えれば単なる撲殺だ。大股で寄る間に槌のようなそれを上段に掲げ、「失礼」と呟く。・・・後には、粉々に折れ皮膚を裂いて砕けた首の骨、それに続く生首だけが残された。』
2:『悪い夢なら醒めてくれ。幻想の幕間の狂気。楽しいはずの劇場、異頭の魔物が華やかなアトラクションの影から滲むように現れた。理性の欠片のように植え込みに転がっていた鉄パイプを、鋭くその頭と肩の間に打ち込む。中身の詰まった球体がドチャリと音を立てて、地面に弾けた。』
3: 『元の場所なんてとうに解らないくらい駆け回った。それでも、まるで異世界の住人のように闇はぴたりと迫る。暗がりへ、奴の場に追い込まれているのか。・・・酷く顔を擦って倒れた私の隣に、愉悦を浮かべるその顔が降る。白いネオンに、血を吸ったワイヤーが輝いていた。』
4:『喉からは絶え間ない血の味が這い上る。夜風に当たろうなんて何故考えたのだろう。ベタベタと言う足音、月明かりにぎらつく鱗のシルエット。咄嗟の判断力が足を止め、振り返り、懐の鎌を精一杯相手に向かって振るわせた。・・・刃は、まだその魚人の脂でぬめっている。』
5:『「その赤い表紙の本を」背を向けたまま、作業に没頭する女の頼みを快く引き受け彼女は手を伸ばした。二度、三度。横着が、あるいは敗因だったのだろう。背表紙を掻いた指。滑り落ちた本から覗く銀の光。頁の間に仕込まれた超薄刃の凶器は、首への軌道を通り絨毯へ突き刺さった。』
6:『ふらつく程の頭の痛み、鼓動に似て沸き上がる吐き気。もともとの体調不良に慣れない長旅の疲れ、断続的な車体の揺れは一層不快感を煽る。ざぁ、と聞こえた波の音に、少しは楽になるかと窓の外へ突き出した首。やけに視点がぶれて、通りすぎた筈の海がみるみる前方へ消えていった。』
?:『「いやはや、とても興味深いお話ですな。しかし」 珍しく三度に分けたコーヒーの、最後の一口を飲み干して理不尽が動き出す。やはり、そうなるか。一度、私はきちんと死んだのに。「王道を忘れてはいけませんよねぇ」 それだけが、出来なかった。死が、剥き出しの死が、手刀の形を以て閃いた。』
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境界を跨いで消えかけた躯が、狭間にきつく縫い止められた。左脚。白い結晶の下に締め付けられた四肢。滴る雨粒を喰らう様に、氷結は割れるような音を立てじわじわと男を覆う。凍りついたまま降り積む雫を見遣り、そうして開き切った瞳が傘の奥を射抜く。 「‥‥‥‥やってくれましたね」【草+?】
「私は‥なくなって、居ないんですよ」 それは児戯に似た怨恨。安直な悪夢のように、異界を引き連れた男は倒で天井へ立つ。「こんなにも不確かなものに、惑わされないで下さい」 蜘蛛の糸の上、玉を結んだ呪詛は音もなく雫へ換わった。 (私は、無くなってはいないんですよ)【神←草】
かたく綴じた腕。その内包した歪みも白む程に握り締めた指は、さながら自らを飲んだ蛇のように自身を苛み傷痕を増やす。伏せられたままの髪。怨嗟と悔恨の汚濁に、霧のような虚無を透かし垣間見る。「流れる水は腐らないのですよ」「‥‥腐ったままでいい」 生者が、顔を上げた。【草死】
「よくよく、酷い顔ですね」 くたりと伏せられたままの、半ば破れた頬をくじるようにして滲んだものを掬いとる。浮もせず、留まらず、彼の世と此の地の境を保つ躯ひとつ、その指先を被う拠り所の無い哀しい毒。「生憎と、私は死なないので」 その澱む意味すら塗り潰す、指先。【草→死】
心の死んだ匂いがする。降り積もる雫に叩かれ大気を青く濁らせる枯葉を踏んで、一際重苦しい気配がそこに滞留している。未練がましく骨に纏いつく悪意の澱。うず、とらしくもない突発的な情動を、その指を絡めた感触に重ね、そうして口を開いた。「‥‥雨は、お好きですか」 【草→死】
ゴリ、と音を立てて無骨なそれが頭を衝く。深く俯かされた声。「何ですか、署長さん」「何って‥‥暇潰し」 陰る部屋は、とうに二人の輪郭すら映さない。「私と、本気でしますか」 突き付けられた銃口を押し返すようにして、声の主が緩慢に振り向く。骨の擦れる音が、ミシ、に変わった。【黒→←大】
「楽しそうですな」 振り返っても、濡れた髪は殆ど揺れない。「楽しいと言えばそうですが、私が雨に抱く感情は大きな嫌悪だけです」 返された本人は、訝しげにただ椅子にかじりついている。それを引きはがす為か男はつと歩み出た。「憎悪を頼りに居られれば楽なのですがね。あなたも」 【黒←草】
「私は君に恐怖を抱かない」「それは有り難いですな」 紅蓮の眼が瞬く。「色々と、大変でして」 その奥に幾重にも刻まれた、孤独な毒蜘蛛の姿を認めても対峙する陰は無感動な声音を変えない。ただ、代わりに陶器と金属の触れる音だけが空虚を満たした。「二杯目は自分で煎れたまえ」 【神←黒←地】