忍者ブログ

12

1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
□    [PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

・・・エキセントリックな新入生も居たものだ。
名前を呼ばれてとっさに返事をすれば、自分の後方にはごっちゃりとした風采の女生徒が一人。工具だらけのコートを纏った彼女は、増えるに長いと書いてますながと名乗った。能面のように硬い表情だが、どうやらやたらと緊張しているらしい。
「えっとですね、甘い物お好きだと聞きまして、ご迷惑でなければこちらをと」
髪に隠れているが、頬がほのかに赤い。跳ねた一束の髪の先から、漫画でよく見る白い小さなフキダシとそのなかに猫のような顔文字が映し出された。へぇ、スタンドを持ってるんだ。なんて気を取られていたら差し出されたのは何かの入った紙袋。
「これを・・・私に?」
「うぃ。ブラウニー焼いてみたんす。口に合うといいんすけど」
すいませんっすいきなり、と付け加えて頭を下げた所作がなんとも律儀な後輩然としていて、何だかいかにも青春してるなあと呟きながら突然のプレゼントを有り難く受け取る。ナッツとシナモンの香りを感じてすこし中を開けてみれば、予想に反してかなりの量があった。これ、作るだけでも大変なんじゃないのかなぁ。嬉しいけど。そう尋ねて、


「や、それで二人分っすよ」


手を差し伸べるように示したのは自分の左肩、何もない空間。
不自然なほど勢いよく振り返って、まさかと確認したその行動は返って自らの秘密を暴く行為に等しい。まさか、迂闊だった。
足りますよね?と念を押して問いかける。ゆっくりとねじ曲げるようにして、ギィィと口角が持ち上がっていく。笑っている。いつの間にか先ほどのフキダシは消えて、白い帯のようになってゆるりと解けながら揺らいでいる。まるで結界のように。
最初の挙動はどこへやら、楽しそうな声音に笑みを浮かべて少女・・・増長は丁寧な礼を一つした後に去っていった。
「仲良く食べてください。それじゃあ失礼しゃっすー」
翻した上着の中から聞こえる硬質の音を響かせながらも、樹脂張りの廊下自体には殆ど足音を立てないできびすを返したその姿が黒く、影の中に塗りつぶされていくように見える。それでも彼女を取り巻く白い一筋の光が、次々にそれを撃ち抜いては濃くなっていく。細く伸びた鞭。拡散する濃霧。次第にそれは混ざり合い、途切れ、二つ揃って融け消えるイメージに変わった。
何者なの、何なのこれは、警告?大丈夫、きっとそんな子じゃない。まずい、知られた。第一まだ相手のことを何も知らないのに、いや勘違いだ、ひょっとして猫先生のことを言っているのかも。これは罠なのか、自分の思い違いなのか。相談しなきゃ。誰に?確実に信頼できるのは誰?隠す理由・・・疑ってばかりでも仕方ない、不自然な詮索は己の首を絞める。
きりつめるように息が細れて堪らず壁に手をついた。その壁の白さすら滲んで溢れるように見えて、振り払う。対象のない恐怖を。

知られた。



*****



「・・・・・・・かわいい人だったな」
【 】
「スタンドも凄く格好良い」
【 】
「先を見越してちゃんとお二人分差し上げた。第一印象は悪くない筈だ」
【 】
「・・・吹出しさんよ、僕はキョドっていなかっただろうか」
【(頭を抱える)】
「もうぼっちは嫌だ・・・ぼっちは嫌だ・・・・・」
アズカバン!と元気に表示された字幕を手刀で叩き潰し、重い溜息を吐いた。
独り言にしか聞こえない会話を漏らしながら、重装備の少女が廊下を歩いていく。
段々と声のトーンが下がり、前髪が垂れ下がって出来た陰により今まで光の反射に阻まれ
レンズの下で見えなかった、ドロリと濁る光彩が浮かび上がる。眉間には深く刻まれた皺。
「小生はいつになったらまともにコミュニケーションがとれるんでしょうかね・・・・・」
脚を引きずるようにして教室に消えていく心情を察してか、くすぶりかけの括弧の中に
ぼんやりと【のたうち回りながら】の文字が新たに書き加えられた。

+++
猫市殿お借り致しました。若干チキンな感じになってしまいすいません・・・影さんの存在を隠しているという内容の短編を受けてこんな邂逅話をひとつ立ててみました。影さんに関してはきっと偶然見かけたのではないでしょうかね・・・増長さんのコミュ障空回りっぷりを判りやすく書いてみたらこんな感じに・・・・・正真正銘邪心0%で当たってこのザマです。タイトルがまんま本心だと思います。無駄に話をややこしくする要員だこれ。猫市さんの心労は増すばかり・・・重ね重ねすいません、こんな奴ですが宜しくお願いします。
PR
細い声を上げて、呼び止めた。書庫へ向かう足を止めて振り向けば、あの邂逅の日より数段力無く伸ばされた腕が手招く。
薄く辛うじて開かれた眼、解けて消えそうな白い眼差しは久方ぶりに彼が死のきざはしに近づいた事を表している。消えるでなく、絶えるでなく、感じるのはひとつの命の対流が抜け出す感覚。すぐ傍を渦巻き、あるいは包み込むように寄り添う自身は揺らぎながら認識の縁をなぞるようにしてこの小さな部屋に積もっていく。それが例え、彼の存在自体には何の意味も成さないとしても。
「いつもの発作か、水でも持ってくるから待っていろ」
「大したことないからいい・・・手、貸して」
手のひらと、それからもう少し上を握り込んでもこの状態の彼が温度を受け入れることはない。爪を立てる程の力が無いのか、あるいはその必要もないと感じたのか物言いたげな表情でその甲に冷えた指を何度も這わせる。
「眠るときの感じがずっと消えないんだ・・・後ろから体を引かれているようで、どこに落ちるかわからないのに」
「お前にその観念が通用するかは断定できないが、所謂虚脱の兆候に近いのかもしれないな・・・魂が抜けかけていると言えばいいか」
「何かに捕まっていないと本当に戻ってこられないと思ったんだよ。全部僕のなかなのに」
「なら、寝台の柱でも掴んでいればいいだろう」
「見えたけど・・・毛布も窓も何もうまくわからなくなってるんだ・・・・・ひとつきみの手ははっきりあって」
「・・・・・・眼がおかしいのか。此方を向いて起きろ」
抱きかかえるようにして座らせれば、気配でしかなかった彼の意識の破片が燻るように溢れ出すのを感じ取る。水晶を何度も溶かしたような世界に化石となって残り続けるかの国。枯れた森に囲まれたその地は巨大な谷を有し、象徴であるはずの城はその最下層にひっそりと、埋もれるようにして今も眠り続けている。
この男は未だ霧の中に居る。

「・・・・・キーティイを探さないと」
「何と?」
「友達なんだ・・・キーティイはぼくの事を知らなかったかもしれないけど、友達なんだ。小さいとき・・・霧が昼間だけ出ていたくらい昔・・・旅の人がくれたんだ・・・・・何でもしまっておけるって」
「・・・鳥籠、か?」
「持ってた大切な物を色々入れて、碧い硝子の針とか・・・鏡で出来た石とか・・・最後に、ぼくのなかから取り出してあげたのがキーティイだったんだ・・・籠のなかに入れて、初めてはっきり見えた」
「・・・・・」
「鳥みたいな名前ってからかわれたけど、キーティイは何でもない・・・少し、見た目は魚に似ていたかもしれない。青と金の尾で、その籠の扉でも石づくりの壁でも通り抜けて、よく僕の髪を撫でて遊んでいた」
「それが、あの場所に置き去りのままという訳か」
「あの子はじっとしているのが嫌いだと思う・・・森までならわかるけど、その先に逃げたらもう駄目なんだ」
「そうか・・・・・」
冷え切った腕が長い袖から覗いて空を掻く。肩口に顔を埋めるようにして、それでも未だ呼び寄せるように、指が、その瞳がどこか遠くの幻灯を追いかけている。砂時計のように、閉じこめたままの自分自身は形を変えながら追憶の底に惑う。失われる物など何もない、その身が。
「城のなかにあったのなら、それはまだ彷徨い続けているだろう・・・あの谷の最も深い場所で、それより上へは泳げないままお前の帰りを待っている筈ではないか?」
「行かなきゃ・・・ね」
「その時は手伝う。もう眠れ」
みどりの髪を散らせて、少し不満気に・・・つまりはいつもの様子に戻った青年は横たわったまま、ルーニヒが出ていくまで古い伝承の一説を囁いていた。いつかの夜、その細い肩が軋む程寝台に縫い止めた、あの時のように。
□    設定:お国
ノワルエラ・トゥワイス・エイダス・ラーラトゥータ

既に滅んだ霧深い国の若き王。滅亡の際に受けた銃弾により一度死に、その後不定期に心臓が止まったまま生きるという体になった。死体の状態の時はかなり低めの体温となり体の動きもやや鈍い。半死、軽死などの状態があるらしく、その時は鼓動の早さや体温の維持などに影響が出る模様。肉体的な欲求がかなり薄れ、食事などを取らなくてもそれほど困らない状態となっている。呼吸を初めとする新陳代謝も常人のそれよりかなり乏しく、また体が死に近いほど感覚も鈍ると思われる。略称はノラ。
元はもう少し理性的で腹の読めない所がある性格だったが、保護されるまでの間に少々抜けたものがあるように見られる。
名前は順に真名、王家十二番目の子、八代目、土地もしくは一族に引き継がれた名を示している。蛍火色の長い髪を簡単に結い上げて纏め、その位置に冠(と称する装飾品)を付けるのが一応の習わしだが特に気にもしていない。感性豊かで思慮深く、やや空想癖があり机上、もしくは頭の中での計画をそのまま遂行する向きがあったため一国の担い手としては実力不足なところ(後述)。数手先の利益を見越してリスクを負う事も厭わないがその為なら人民を手駒のように扱うことも躊躇しない。但し「形だけとも信頼無くして力無し」をモットーとしており、またその理念に惹かれてか閉鎖された国の中で最後まで殆どの国民は彼を慕っていた。
ゆるやかに衰退していく国を憂い、民衆達の手で間接的に一度国を消滅に追い込むがその下には別の目的があるとされている。


ルーニヒ=グラスタ

数少ない交流のあった国の王。表向きはノワルエラを保護、ないし重要参考人として預かっているが、国の再建や復興の言葉に興味を示し少なからず観察するような動向も見られる。幼名はルゥ=ネイヴ=グラスタ。


イソラ
ノワルエラに銃を向けた張本人にして彼の側近。何らかの理由があって生まれた国から逃がされ国境の森を彷徨っていたところを拾われる。王の計画する内容に即した情報の収集や細かな管理を任され、良き関係を保っていた。


キーティイ
ノワルエラの所有する空想上の動物。熱帯魚に似た長い尾を持つ透き通った魚で、鳥籠の中に飼われていた。


備考
ノワルエラの設定はFSSの主人公、アマテラスのミカドから大分引っ張ってきています。つまり彼の理想と目的、および結末はおおむね同じといったところです。
「・・・・・ブンゲローゼという言葉を、知っているか」

ふいの言葉に、不機嫌な様子の少女は初めてそちらを伺い見た。言葉尻を引き取って、代わりに説明を加える者が
もう一人。鞄に詰められた書類の中から取り出されたのは布の装丁がされた厚い本。埃でも立ちそうなそれを開く。

「えっと、『舞楽禁制通り』の事ですよね。グリム童話にハーメルンの笛吹き男という物語があって、その伝承の残る
 地域では笛吹き男が通ったとされる実際の道にこの法令を敷いて楽器の演奏や演舞なんかを禁止しているそうです」
「そうだ。単なる観光名所が目的でないことは実際の歴史から見れば解る」
「何それ、お伽噺じゃないの?」
話に置いて行かれそうになり、黙り込んでいた少女が口を挟むが男はそれ以上続けず逆に話を促した。
「いや、お前の話が先だ。不要な情報は特定の回り道になる」
むぅ、とまたも不機嫌になるのをよそに学生服の少女は早くも本を手帳に持ち替えている。
「言っておくけど、これは間違いなく都市伝説よ。大体、私は絶対何か来るって解ってたんだから・・・」

***
部活動で賑わう校庭に面した街路樹の並木。斜陽に色づく空はいつもと代わらない夕方の情景だった。
各自目に付く噂話でもかき集めてこいと投げやりに会長命令が下ったところで活動は終わり、いつもより早く彼女は
岐路へとつく。やけに生徒達の声や走る音、それに何かもっとごちゃごちゃした物音が耳に付くような気もしたが、
特に珍しいことではない。この時も、体育館か何かで試合でもやっているのだろうと、そう思っていた。
引きつるような悪寒は占いという特技から得た賜物だろう。油断していたとはいえ、研ぎ澄まされた感性は明らかな
異変を感知していた。咄嗟の判断で庇うように腕を構え、逃げ道を探して振り向い—――

「・・・・・やだぁ!何よこれ!」

異様な光景だった。丁度植物園などにある交差状の生け垣のように、不規則にしかし放射状に作られたのは自分の
二倍はあろうかという高さの壁。その内径が整っていることから見ても自分を狙われたのは明らかであり、悪意を伴った
作為がある。向き直っても前方にはやはり同じ壁の乱立ばかりで、これを伝って歩けない訳でもないが行き着いた先
がこの世でなかったらという可能性も否定できない。都市伝説が人畜無害なものであることの方が少ないのだ。
確実に外界と繋がっているのは上。光と酸素が入ってくるだけでも有り難いと空を仰いで、今度こそ少女の瞳は凍り付いた。
何か居る。

「オーマガドキって知ってるか。人間がイレギュラーな時間帯なんだぜ・・・・・じゃあなっ」

楽しそうな声と共に、逆光によって作り出された影は自分の真上を飛び越える。突き出された片手は空を撫でて・・・・・
いや、その側から沸き立つように新たな壁が築き上げられていく。蒼穹をなぞる手は唯一の境界をも閉じ、背後の壁に消えた。
顔どころか姿形もよく見えないまま青年らしき何者かは去り、後には忌々しげにその軌跡を見据える少女だけが取り残された。
程なくして通行人が何の苦もなくその壁をすり抜けて現れ、漸く彼女は錯視らしき現象から解放されたのである。
***

「・・・・これがハーメルンと同じだって言いたいの?」
「一概には言い切れないがな。千恵、その話の後ろ半分だけしてくれ」
「はいっ、えーと、『・・・大人達がミサへ行っている間に笛吹き男は笛の音色で子供達を集め、遠い山奥まで連れ出すと
 そのまま洞窟の中へ消えてしまいました。そして二度と戻ってこなかったといいます・・・』あの、こんなので良いんですか?」
「ああ、十分だ。本題へ入るが、この物語を現実的に考えていくと見るべきは男が連れ去った目的。そしてその方法。
 諸説あるが、実際に記録されているのは1284年、聖ヨハネとパウロの記念日・・・具体的には6月の26日。この日に130人の
 子供が連れ出され、処刑の丘で居なくなったという文献がある。これに沿った説なら夏至祭りの夜に子供達だけで出かけた
 まま全員事故死したというのが有力だが祭りの会場・・・正式には祀る場所は山、つまりさっきの話に出てきた所になるんだ
 が記録の中では丘と書かれている。となると次に考えられるのはペスト説。これなら鼠取りのくだりも辻褄合うだろ?
 無事な子供達を避難させたという見方もあるがこれは処刑の丘とわざわざ記述されてるのが引っ掛かる。他にも舞踏病の
 患者達を始末しただとか、逆に健康な子供達を攫った行商人が売り飛ばしたとか・・・・・気分悪いか?もう少しまともな説なら
 狂信的な医師が催眠術だの洗脳教育だのをつかって子供達を操ったというのがあるが、これは後世からの後付けだろう。
 ただ人間の認識なんてのは曖昧だから案外騙されやすいってのは言えるな。タロットの愚者や悪魔、死に神がこの笛吹き男
 に似ているという記述も見られる。視覚的な暗示なら、子供相手には通用するかも知れないが安直な憶測に過ぎない。あとは
 十字軍を集めるためだの国を見捨てて移民となったのを表しているだの・・・そもそもハーメルンってのは都市の名前で、そこに
 寄り集まっていた多国籍の民衆達が再び移動していったなんて風にも見られるそうだ。処刑の丘って名称は場所としてどれか
 を指している訳ではないから、そのまま国境と見ても差し支えないらしいからな」
「私、どれにも当てはまらないわよ」
「言ったろ、断定は出来ないって。この物語で言えば笛みたいな、決定的な要因は何か無いのか」
「ヘンな感じはしたんだけど、これっていうのは・・・・強いて言うなら、壁が完全に出てくる瞬間すこし触った筈なのよ。
 ぶつかるって思って。その時、指先がすり抜けたような気がして・・・・慌てて引っ込めて、次触ったときはもうそこにあった」
「五感を一つずつ攻めてくって訳か?出現の状況は」
「わかんないのー。もしそうだとして、最初の条件でも解らないかなぁ」
「当の経験者が思い当たらないんじゃな。まあいい、似たような症例が無いか、漁ってくる」
「全っ然信じてないじゃない!!」

何も見ずにスラスラと一連の解説を終えた男は気が済んだのか出ていく。資料集めという名目で、彼女も付いていくだろう。
新たにデータを探すよりは手に馴染んだものから突き詰めていく方が向いているのか、残された少女は浅く息を吐いて
薄目の雑誌を手に椅子を引く。題書きは、脳科学と神経のメカニズム。その下には刷り込みと本能行動、とあった。



●●●
盛大に音を立てて扉が開かれる。上気した頬に乱れた三つ編み、息が上がっているのも惜しいとばかりに駆け込んできた
少女は開かれたページと数枚の印刷物、細かく書き込まれたノートを突きつける。
「・・・・あり、ましたっ。多分これ、役に立つと思います・・っげほっ、けほ」
「ぬるいけどこれ飲め。・・・・全部調べてきたのか、どれ」
キャップの上に紙コップが被さったままのペットボトルを押しやり、一つ一つ吟味していく。その様子を見て安心したのか、
大きなため息と共に机に突っ伏す。何とか無事だった前髪もくしゃくしゃになるが気にしていないようで、人心地ついた顔
を上げて、・・・思い出したように部屋を見回した。
「あれ、鏡美さんは?」

●●
「・・・っで、そいつの使うのは催眠術に近い何かって訳っ、か」
「はいっ、視覚的に認知できる状態で触れない瞬間があったんだとしたら、この現象は段階を追って進むものなんじゃないか
 って。それにっ、見て相手の意識を左右できるなら・・・・いくらでもっ、方法はあるじゃないですか、目立たないより、目立つ
 方がそういう・・・都市伝説にとっては、都合がいいはずですしっ」
「最初に・・・何かをつかって、っ・・・思いこませるって事だな・・・・・・また引っ掛かるって事は、ありそうか」
「多分・・・・・・これは、どうやっても防ぎようが、無いんだと思います。鏡美さんは気付かなかったと言っていたけど、それだけ
 簡単に頭の中に入ってくるってっ、あと、信じやすいってこと・・・・やっぱりあるとしたら、音が一番可能性としては高いんです」
「となると・・・・・聞いたらその時点で罠に嵌ったようなものか・・・・・っ、厄介だな、思い当たる奴はあるか」
「すいません、直接手がかりになるのは・・・・・可能性としてはっ、あのノートの通りですけど、」
「気にするな、それだけ解れば大分違う・・・・・っ、少し急ごう。走りながらだと・・消耗する・・・・・それで、今の話は行幸にしたのか」
申し訳なさそうに頷く少女を横目に二人の足は速まる。既にかなり疲弊した様子の男は、それでも何事かと考え込んでいた。
催眠術・・・今や怪しい手品や単なるまやかしではなく科学的にも論じることのできる療法の一種である。乱暴に言ってしまえば
単純な動作や外部から受ける刺激の遮断により余計な意識を排除し、代わりに別の指示をその開いた範囲に満たしたり
同じように既存意識を取りのけた上でその下に眠る潜在意識や本能的衝動を引きずり出すための手法であるが、この場合
着目すべきは認識を刷り込まれるにあたって必要な手段、触覚にまで作用し実際に触れても貫通どころか指を沈めること
すらできなかったにも関わらず他の人間には一分も見えもしなかったという事実、そして本体とおぼしき青年が現れてから
消えるまでの動作の意味。回避できない最初の一撃は、同じ方法で太刀打ちするしかない。理性より下に刻まれた、感覚で。
防衛手段として自分が考え得る予想は全て通達しておいた。だが、単身で当たるとすればまだ圧倒的に準備が足りない。
今までの経験と僅かな望みに期待をかけ、一秒でも早くと地図に刻まれたルートを当たってゆく。
「(・・・・・・・・・あの仮説が当たっていれば、あるいは)」
少女はそっと、鞄の留め金を外した。


深呼吸を繰り返す。想定できる回避方法は、昨日二人で相談しておいた。
音を遮断することよりとにかく離れた方が早い。その場所にいなかったとはいえ、自分以外誰も閉じこめられた人間が
居なかったことを考えてもある程度の範囲は区切られている、もしくは一定以上の人数は囲い込むことが出来ない。
一人一人を隔離して感覚を遮断しなければ共有された意思によって破られる可能性が高いからである。
対峙するのは先日の道より更に広く、それでいて人通りのない場所。裏手へ走れば商店街にも広場にも出ることが
出来るが、これは注意深く選ばなければいけない。あの仮説が、もしも合っていればの話だが。
そして、ポケットには現実世界では最も頼りない切り札。それでいて、常識も理念も通用しない先に唯一頼れる拠り所。
・・・・・・・空気が、冷たく圧縮されていく。


スカートの裾がめくれるのも構わず、出来るだけ物陰を遠ざけて少女は走っていた。せめて、せめて攪乱だけでも。
既に商店街は捨てていた。万が一あの能力が通用して、誰かを巻き込むことは避けたい。出来るだけ目に付く場所、
しかも安全で相手にとって不利な場所・・・・・思案するまもなく、声だけはぴったりと背後に付きまとう。
本体は、遥か遠くからコマ送りのように壁から壁へと移っていた。あざ笑うかのように、目にとまっている間は余裕にも
体をもたせかけたり、大げさに寄りかかってみせるだけで動くようなことはしない。どう考えても、遊ばれている。
そして、気が変わればいつでも、またあの力が・・・・・・
「楽しいねぇ!!もうタネが割れちゃったなんて、残念だけどッ」
「楽しかないわよ・・・・・何が、目的なのっ」
「聞いちゃって、いいのかなぁ?」

迂闊だった。都市伝説ならば目的を知ることは存在を認知するに等しい。それでも必死に意識を反らしたかった。
声が聞こえるたびに嫌でも体が震える。最もありそうな可能性として、彼が操るのは音なのだ。
出来るだけ、この足音で聞こえなくなればいいと進路を変更して大きな下り坂を突っ切る。
危険な掛けだが、正面は広場だった。
「元気な子は嫌いじゃないけど、甘いな!顔面に気をつけなよ。ゲームオーバー・・・」



「・・・・・・・ちょっと待ったぁーーーーーーーッ!!!」

ビシリ、と硬質の音を立てて、振り上げた腕も踏み込まれた脚も何かに絡め取られる。
驚愕の表情で、音の主であるフードを目深に被った青年がその場に崩れ折れた。
「ナイス千恵ちゃん!やっぱり、都市伝説だったのね!」
続けて先ほどまで走っていた少女が振り向き何かを振るう。鉤のように絡みついて、こんどこそ怪異の正体は
完全に捕縛された。逆光の中、同じように息を荒げて立つその手には一枚の紙片。
「これ、忘れ物ですよ・・・・タロットの塔は16番目、正位置は崩壊で逆位置は不意のアクシデント・・・・・・唯一どちらも
 マイナスの意味な札だけど、災厄にアクシデントを掛けたら・・・・チャンスに繋がる。ですね?」
「ッ・・・・・何だこれ、全然取れねぇ。こんな物・・・・・・・・」
身じろぎの意味もなく、座り込んだ青年が焦りの表情を浮かべる。カードを返して、後から駆けつけた少女は既に
用をなさず落ちたままの数珠を拾い上げ、改めてもう一本ロザリオを取り出した。
「こちらが効かなかったと言うことは、外国の方ですね。また、見たところによるとかなり新しく出てこられた方であるかと。
 調べても出てこなかったので・・・・・だから、本当にただの直感です。人間に作用する能力を持つなら、人間と同じところが
 どこかに残って居るんじゃないかって。人間の時に強く持っていた意識は、自分の認識のもっと奥まで繋がってるんです」
「そっちが無意識ならこっちは有意識よ。といってもこれでとっ捕まってくれて本当に良かったわ。あと、これも」
キリキリと細かく高い音を立てるのは細い鎖に繋がった錘状の石。深い紫色のそれは、垂れ下がることなく震えている。
「ペンデュラムっていってね・・・・うちで有名なのはダウジングロッドだけど、これも十分役立つの。捜し物なんかに、
 まあ会長曰くこれも意識を排除した自己催眠の一種らしいんだけど、イエスかノーで占うことが出来る。あと、実際に
 出来たことはまだ無いんだけど、純度の高い宝石なんかを取り付けて使うと自然に近い精霊や妖精を降ろすこともできる
 らしくて・・・まあこれだけ強く反応しているのを見れば十分信じて良さそうね。あなた、都市伝説・・・・・しかも、幽霊でしょ」
「あーあ、やられたよ・・・・・お嬢ちゃん達、何者?」


「オカルト研究会だ。協力願いたい」

坂の更に上に、橙が掛かった陽を受けて長身のシルエットが浮かび上がる。
どっかのヒーローじゃないんだから、と眉を寄せるのも構わず腕組みをした男がゆっくりと近づいてくる。
「まさか・・・・・・・生け捕り出来るとはな。何、話だけで良い。付き合ってもらおうか」
諸々の事情で遅れてきた男・・・オカルト研究会会長山群健吾、その人が、青年の前に現れた。
その側に寄りそうセーラー服とロリータ服の少女。鞄やポシェットのなかからは、明らかに自分の苦手とする気配を感じる。
静かに、しかし有無を言わせない圧力を持って差し出された手を前に、とんでもない奴らを相手にしてしまったのではないかと
漸く実感した彼の表情が、初めて困惑と絶望に歪んだ。
傾ぐ陽は雲母の破片を削ぎ落とすように白み、その下に張り巡らされた天穹を塗り込めていく。
伸びる影だけがもどかしそうにそこここへ揺らめくなか、その暗がりに囲まれるようにして蹲った者が翼を開くようにつと腕を差し伸べた。詩編のように滔々と詠われる言葉が示すのは、どこにでもある一つの国の亡つる叙情。
どこにも留まれなくなった者たちは、やがて殻と見なした世界を抜けてその眼が見る空に落ちていく。ゆるやかに衰退していくその国の末路に、自らの手で幕を引いた彼らを青年は英雄とも無法者とも付けず、ただ「皆」と呼んで続けた。
「・・・・・もともとは様々な国から集まった人の暮らす場所です。つまらない毎日に飽きてしまった皆は、もっと素敵な新しい国を作るため居なくなりました。誰もいない国を別のことに使おうとする人、その人たちを自分の国のために働かせようとする人。でもそのために何よりも無くさなければいけないのは、その国を治めている王様です」
城へ押し入った反乱軍に制圧されかけたところを隣国の王が止めに入り、そうして今自分はその国の王に仕えているのだという言葉を付け加えて、町の子供達にせがまれての長い長い物語はようやく終えられた。
口々に興奮を捲し立てる子供、歴史の変革を思い浮かべては騎士団の真似事に興じる少年達。悲しそうな面持ちでただ駆け寄ってきた少女の頭を優しく撫でて家に帰るよう促していたその姿を、不機嫌に見つめる者が居た。

「・・・・・・・・・口から出任せもここまで来れば一芸だな」
「うそは言ってないよ。あんまりね」
「心の臓を打ち抜かれた躰で、人の袖口を曳いてまで呼び止めた行りが無いようだが」
風の音を聴くかのように、静かに髪を揺らして件の青年が顔を上げる。
蛍火に似た色は露に濡れる草に近く、気だるげに少し閉じられた古翡翠の両眼で、迎えに来た男をやっと見据える。
「閉じたままあの谷の果てにお前の国が残っていること、住民は全てお前の目的の為に放ったこと、未だ何も語らないつもりか。トゥワイス」
「まだ名前覚えてくれないんだから」
「今となっては資料のひとつでしかない。ノワルエラ・トゥワイス・エイダス・ラーラトゥータ。お前はあの日に終わった筈だった。・・・・・謀反の銃弾を受け、城に眠っていたままにしておけば今頃は正しく骨に還っていたのかもしれん」

ガス燈に照らされた広間も、鉛の色を通す硝子窓も、その閉鎖された文化を色濃く感じさせるとはいえ仮にもかつて傾城と滅亡の憂き目に晒されたとは思えないほど静かに整然と存在し続けていた。ただ一つ、玉座と思われる弾痕を残した調度品、それを飾り立てるかのようにすぐ側に座り込んだまま顔を伏せて凭れる男が、この内乱唯一の明確な犠牲者にして死者である若き国王だった。
「・・・・重要な参考人として極秘裏に連れ帰った。その岐路の途中、お前は蘇った・・・・・・いや、変容したと言ってもいい。治癒の早さや体力の回復も常軌を逸していたが、何より半死生人を扱う羽目になるとは思わなかったぞ」
「やりたい事があったからねー・・・死んでも大丈夫かは確かめたこと無いけど、こうなればいいと思ったら大抵はなったよ。昔からずっとそう・・・何とかなりそうな予感がするときは、そうなった事にして考えれば良いんだ。回り道しても」
「あの郷の再建か」
「それは皆がやってくれるよ・・・・・今日はここが動いてないんだ。向こうまで馬車で帰りたい」
長い指で左胸を示し、何でもないことのように青年は微笑む。
半死生人・・・撃たれて止まったままの心臓を内包したまま肉体が先に戻ったため、鼓動を失った死者の体と血の流れる正常な人としての身とを行き交うようにして生きるようになった、というのが得られた唯一のデータだった。
岐路の途中、と先程口にしたが、捜索部隊が城に潜入した時一度彼は目覚めていた。王は確かに手を伸ばした男の袖口を掴んだのだ。崩れ落ちそうな骸の頬に、薄い笑みを浮かべて。
「兎に角あの口癖はいい加減止めろ。一国の主としての意識もないのか」
「言うよ。何度でも言うよー。いつか沢山聞き過ぎてその言葉の意味も忘れるまでは言う」
そうなってくれないとお話が始まらないからね、と微かにまた首を傾けて、青年は片手を事も無げに差し出した。



「王さま、一人いらない? 亡国のだけどさ」
忍者ブログ/[PR]

Template by coconuts
カレンダー
11 2024/12 01
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
リンク
カテゴリー
フリーエリア
最新CM
最新記事
(08/10)
(08/10)
(08/10)
(08/10)
(08/10)
最新TB
プロフィール
HN:
升長
性別:
非公開
バーコード
RSS
ブログ内検索
アーカイブ
最古記事
P R