・・・エキセントリックな新入生も居たものだ。
名前を呼ばれてとっさに返事をすれば、自分の後方にはごっちゃりとした風采の女生徒が一人。工具だらけのコートを纏った彼女は、増えるに長いと書いてますながと名乗った。能面のように硬い表情だが、どうやらやたらと緊張しているらしい。
「えっとですね、甘い物お好きだと聞きまして、ご迷惑でなければこちらをと」
髪に隠れているが、頬がほのかに赤い。跳ねた一束の髪の先から、漫画でよく見る白い小さなフキダシとそのなかに猫のような顔文字が映し出された。へぇ、スタンドを持ってるんだ。なんて気を取られていたら差し出されたのは何かの入った紙袋。
「これを・・・私に?」
「うぃ。ブラウニー焼いてみたんす。口に合うといいんすけど」
すいませんっすいきなり、と付け加えて頭を下げた所作がなんとも律儀な後輩然としていて、何だかいかにも青春してるなあと呟きながら突然のプレゼントを有り難く受け取る。ナッツとシナモンの香りを感じてすこし中を開けてみれば、予想に反してかなりの量があった。これ、作るだけでも大変なんじゃないのかなぁ。嬉しいけど。そう尋ねて、
「や、それで二人分っすよ」
手を差し伸べるように示したのは自分の左肩、何もない空間。
不自然なほど勢いよく振り返って、まさかと確認したその行動は返って自らの秘密を暴く行為に等しい。まさか、迂闊だった。
足りますよね?と念を押して問いかける。ゆっくりとねじ曲げるようにして、ギィィと口角が持ち上がっていく。笑っている。いつの間にか先ほどのフキダシは消えて、白い帯のようになってゆるりと解けながら揺らいでいる。まるで結界のように。
最初の挙動はどこへやら、楽しそうな声音に笑みを浮かべて少女・・・増長は丁寧な礼を一つした後に去っていった。
「仲良く食べてください。それじゃあ失礼しゃっすー」
翻した上着の中から聞こえる硬質の音を響かせながらも、樹脂張りの廊下自体には殆ど足音を立てないできびすを返したその姿が黒く、影の中に塗りつぶされていくように見える。それでも彼女を取り巻く白い一筋の光が、次々にそれを撃ち抜いては濃くなっていく。細く伸びた鞭。拡散する濃霧。次第にそれは混ざり合い、途切れ、二つ揃って融け消えるイメージに変わった。
何者なの、何なのこれは、警告?大丈夫、きっとそんな子じゃない。まずい、知られた。第一まだ相手のことを何も知らないのに、いや勘違いだ、ひょっとして猫先生のことを言っているのかも。これは罠なのか、自分の思い違いなのか。相談しなきゃ。誰に?確実に信頼できるのは誰?隠す理由・・・疑ってばかりでも仕方ない、不自然な詮索は己の首を絞める。
きりつめるように息が細れて堪らず壁に手をついた。その壁の白さすら滲んで溢れるように見えて、振り払う。対象のない恐怖を。
知られた。
*****
「・・・・・・・かわいい人だったな」
【 】
「スタンドも凄く格好良い」
【 】
「先を見越してちゃんとお二人分差し上げた。第一印象は悪くない筈だ」
【 】
「・・・吹出しさんよ、僕はキョドっていなかっただろうか」
【(頭を抱える)】
「もうぼっちは嫌だ・・・ぼっちは嫌だ・・・・・」
アズカバン!と元気に表示された字幕を手刀で叩き潰し、重い溜息を吐いた。
独り言にしか聞こえない会話を漏らしながら、重装備の少女が廊下を歩いていく。
段々と声のトーンが下がり、前髪が垂れ下がって出来た陰により今まで光の反射に阻まれ
レンズの下で見えなかった、ドロリと濁る光彩が浮かび上がる。眉間には深く刻まれた皺。
「小生はいつになったらまともにコミュニケーションがとれるんでしょうかね・・・・・」
脚を引きずるようにして教室に消えていく心情を察してか、くすぶりかけの括弧の中に
ぼんやりと【のたうち回りながら】の文字が新たに書き加えられた。
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猫市殿お借り致しました。若干チキンな感じになってしまいすいません・・・影さんの存在を隠しているという内容の短編を受けてこんな邂逅話をひとつ立ててみました。影さんに関してはきっと偶然見かけたのではないでしょうかね・・・増長さんのコミュ障空回りっぷりを判りやすく書いてみたらこんな感じに・・・・・正真正銘邪心0%で当たってこのザマです。タイトルがまんま本心だと思います。無駄に話をややこしくする要員だこれ。猫市さんの心労は増すばかり・・・重ね重ねすいません、こんな奴ですが宜しくお願いします。PR